一九三四(昭和九)年の室戸台風については、もう何度か紹介しました。学校の校舎が倒壊して児童に犠牲者がでたことから、木造校舎の耐風設計(それは同時に耐震設計でもあるのですが)の提案がなされました。この室戸台風の翌年におこなわれた講演のなかで、ブルーノ・タウトはつぎのように語っています。「日本は苛酷な自然の災害をしばしば蒙る国である。ところが建築家としてこの国へ渡来し、さて暴風雨、地震あるいは火災に対する構造上および技術上の予防設備をいくら探してみても、なにひとつみあたらないのである」「しかしこの問題に関する限りでは、日本人は彼の友たる自然をあまりに知らなすぎると思う。
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実際にも自然の気紛れは、不気味な地震や台風、火事あるいは洪水に、しばしばその猛威を振うのである」(岩波新書『日本美の再発見』)さきに濃尾地震のところであげたジョサイア・コンドルは、日本の文化を愛した人ですし、また、このブルーノ・タウトは日本の建築を賛美した人ですが、日本の建物の耐震性や耐風性に関しては、二人とも同じことを言っているのです。西洋人には、日本の伝統建築は災害に対してよほど無防備に見えたようです。