投資銀行の没落

2011.10.28

2008年9月、ウォール街が凍りついた。大手投資銀行、リーマン・ブラザーズが破綻し、メリルリンチはバンク・オブ・アメリカ(BOA)に買収された。ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーは銀行持ち株会社に転換した。3月にJPモルガン・チェースに買収されたベアー・スターンズと併せて、米大手投資銀行5社が姿を消す。米国の大手投資銀行はこの20年、世界の金融市場をリードしてきた。20年前の1988年は、主要国の銀行監督当局が銀行の自己資本比率規制(BIS規制)の原案を発表した年だった。

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国際展開している銀行に対して、融資などリスク資産の8%の自己資本を積むように求めたのだ。銀行の健全性を高める狙いだったが、融資などには重い自己資本の負荷がかがるため、金融機関は規制の緩やかな証券業務に舵を切る。投資銀行が得意としていた分野に銀行が参入したことで業際の垣根が低くなり、銀行と投資銀行が競い合って金融を高度化、複合化していった。とりわけ大きな役割を果たしたのが、証券化と呼ばれる仕組みだった。融資や不動産といった従来型の資産をまとめてプールを作り、それを担保に有価証券を発行して、投資家に販売する手法だ。担保となる資産を基礎にした金融なのでアセット・ファイナンスと呼ばれている。資産を持っている企業はそれを担保に資金を借りることができるようになり、融資に代わる資金調達の手段を手に入れた。この仕組みで不動産は世界的に活気づく。不動産が証券化の担保になる有力な原資産となり、多額のマネーを引きつけはじめたのだ。株式、債券に次ぐ有力な投資対象と位置付けられた。そして、その波は米大手投資銀行などが主導して日本にも押し寄せた。日本の不動産も証券化で加工され、巨額のマネーが流入し、日本は資産デフレから脱出した。